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Abendの憂我な部屋

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2013年 04月 28日

ドラティ/デトロイトSOの『1812年』

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 ミネアポリスSOとの1958年盤がつとに有名だが、それからちょうど20年後に録音されたこの盤を聴くと、一人の指揮者の成熟をひしひしと感じる。

 溌剌としたミネアポリス盤に比べると、デトロイト盤ではテンポも遅くなり、一音一音を噛みしめるような楷書体の演奏となっている。フィラデルフィアの自由の鐘とワシントン市の国立大聖堂の鐘、そして南北戦争で使われたキャノン砲が使われているが、ミネアポリス盤のように派手ではない。オケはミネアポリスよりも技量が上だが、しっとりとした響きで淡々と進む。従って、この曲にスペクタクル性を求める向きには合わない演奏といえるだろう。

 この曲を初めて聴いたのは、ライナー/シカゴSOによる演奏だった。鐘も大砲の音もなく、しかも中間部がカットされたもので、鍛え抜かれたシカゴSOの音のみが鳴り響く。その後、鐘や大砲のみならず、合唱まで入った演奏を聴く機会が増えても、ライナー盤は已然として私の愛聴盤になっている。

 鐘も大砲も控えめにプレゼンスされたデトロイト盤を聴いた時、私はライナー盤と似たものを感じた。さすがに中間部をカットするということをドラティはしていないが、オケの技量で勝負するという「面白くない」演奏で、何度も聴きたくなるような気持ちにさせてくれるからである。

 大序曲『1812年』がチャイコフスキーの管弦楽曲であることを、改めて認識させてくれる一枚である。

by Abend5522 | 2013-04-28 21:44 | クラシック音楽
2013年 04月 26日

マゼール/BPOの『運命』

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 BPOの芸術監督がアバドに決まった時、マゼールが受けたショックはいかばかりだっただろうか。既に数十年に及ぶBPOとの関係があるマゼールは、『指環』の管弦楽曲集などでも素晴らしい演奏を聴かせてくれたが、この『運命』は、20代の彼が初めてBPOと行った記念すべき録音だ。

 20代といっても、10歳そこそこまでにニューヨークPOやフィラデルフィアOを指揮し、トスカニーニやストコフスキーに認められたマゼールであるから、この録音を駆け出しの指揮者によるものだと思ってはいけない。フルトヴェングラー没して4年、カラヤンが就任して3年のBPOを見事に統率し、鳴らし切っている。変な表現だが、シンフォニックな『運命』の演奏だ。

 この45回転盤は、中古店で入手した。盤質は良好で、この演奏を高音質で楽しむことができた。

 マゼールは、ヴァイオリニストでもある。彼がソロを弾き、フランス国立Oのメンバーから成るアンサンブルを指揮した『四季』のCDを持っているが、非常にいい演奏である。

by Abend5522 | 2013-04-26 22:11 | クラシック音楽
2013年 04月 25日

柔らかな『四季』

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 懐かしいフォンタナの廉価盤。アストール・フェラリーのVn、マルセル・クーロー/シュトゥットガルト室内合奏団による『四季』。

 Vnのフェラリーについては、何も知らない。合奏団のトップ奏者なのかも知れないが、柔らかい音色で、極めて堅実な弾きぶりだ。ソロの名人技を聴くのも『四季』の楽しみだが、アンサンブルによく溶け込んだこういうソロを聴くと心が落ち着く。

 指揮のクーローは、合唱指揮者として有名な人だ。合唱指揮者には、アンサンブルやオケを振っても見事な演奏をする人がいるが、クーローもその一人だろう。ミュンシュの門下だが、ナディア・ブーランジェに師事して作曲や和声法を学んでもいるので、柔らかい音色の底には強い芯があって、曲の構造をしっかりと表現している。日本での知名度は低いが、優れた指揮者だ。

 シュトゥットガルト室内合奏団というのは、ミュンヒンガーの手兵であったシュトゥットガルト室内管弦楽団と同じなのだろうか?同じだとすれば、この演奏はミュンヒンガーのそれとは対極に位置しているといえる。

by Abend5522 | 2013-04-25 23:02 | クラシック音楽
2013年 04月 23日

マルケヴィッチのベートーヴェン序曲集

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 タイム/ライフというところが発売したDG盤。『コリオラン』、『レオノーレ』の3番、『フィデリオ』、『献堂式』、『エグモント』の序曲が入っている。オケは、ラムルーSO。

 私がクラシックを聴き始めた頃、マルケヴィッチといえばフィルハーモニアOとの『春の祭典』だったが、聴いてみると堅実な演奏で、この曲の構造がよく聴いて取れたものだった。メータ盤の爆演が有名になると、マルケヴィッチ盤はあまり顧みられなくなったが、それでも一部の愛好家からは根強い支持を得ていた。

 マルケヴィッチが再びブレイクしたのは、GOLとの『展覧会の絵』だった。鬼才vs伝統というイメージが売りにされたが、そういう商業戦略とは無関係に、この演奏は素晴らしいものだった。ドイツの伝統オケが『展覧会の絵』をやること自体は別にどうということもなく、驚きという点では、スイトナー/SKDのハルサイの方がよほど凄かった。

 マルケヴィッチがフランスのオケを振ってベートーヴェンをやるというのは、今ではどう思われているのだろうか。斬新か、キワモノか、それとも何とも思われないのか。これは、指揮がマルケヴィッチであることよりも、フランスのオケによるベートーヴェンをどう思うかによって分かれるだろう。

 このレコードは1958年の録音で、オケの音色に明確な「国境」があったことが感じられる。マルケヴィッチという、ローカル色が希薄な指揮者が鍛えたラムルーSOも、音色という国境は堅持している。現代では、この国境も急速に無化されつつあるが、それは指揮者の解釈やオケの思惑とは別の何かによって推進されているような気がする。

by Abend5522 | 2013-04-23 22:52 | クラシック音楽
2013年 04月 23日

ドラティ/コンセルトヘボウの『新世界より』

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 マーキュリー原盤なので、1959年の録音とは思われないほどの鮮明な、分離の良い音である。民族色は皆無で、ドラティのザッハリッヒな指揮には一点の曇りも淀みもなく、美音と優れた技量のコンセルトヘボウをグイグイと統率して行く。オーケストラ・ビルダーとして名を馳せたドラティが、ヨーロッパの名門オケと組むと、なるほど、かくも素晴らしい演奏になるのかと感心させられた。

 作品は民族色を超えているにもかかわらず、その度合いが演奏の評価基準とされて来た曲は少なくない。『新世界より』の、そのひとつといえる。いわゆる、「本場物」という価値観だ。「本場」の習俗とは無縁の評論家や、それにイカレた愛好家が、よその「民族色」を喧伝するという滑稽な「布教」は、今でも跡を絶たない。こういう評価基準が一日も早く滅することを祈らずにはいられないのだ。

 

by Abend5522 | 2013-04-23 00:43 | クラシック音楽
2013年 04月 16日

コリン・デイヴィスのこと

 14日、サー・コリン・デイヴィスが85年の生涯を終えた。

 デイヴィスのレコードは、フィルハーモニアOとのモーツァルト序曲集を買ったのが最初だった。EMIの17cm盤である。颯爽とした演奏で、モーツァルトの有名な序曲を好きになるきっかけを作ってくれた。1970年頃だったか、ベルリオーズの歌劇『トロイアの人々』全曲がフィリップスから発売され、話題になったことが懐かしく思い出される。

 ボストンSOとのチャイコフスキー/序曲『1812年』は先にアップしたが、ドレスデン国立Oとのモツレクも忘れ難い演奏だ。彼の録音は少ししか持っていないが、マリナーとともに優れた現代英国の指揮者だったと思う。

by Abend5522 | 2013-04-16 21:42 | クラシック音楽