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Abendの憂我な部屋

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2013年 03月 21日

筍の季節

 昨日、自転車で奈良へ行った息子が、小ぶりの筍を買って来た。
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 そこで、夕食は筍ご飯と若竹煮、それに肉じゃが。
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 肉じゃがの発祥をめぐって呉と舞鶴が対立していたが、どうなったのだろう。また、使う肉はこちらでは牛だが、関東などでは豚という。こういうのも面白い。
 

by Abend5522 | 2013-03-21 21:51 | 日々の事
2013年 03月 20日

雨のお彼岸

 息子が、朝から自転車で奈良へ行ったので、その帰りを待って、午後から妻と五条坂の大谷さんへ墓参をした。
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 雨の昼下がりなので、人もやや少なめ。人の多い所はあまり好きではないから、その方が風情を感じられる。
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 花を買って、まずは母方の墓へ。上の画像の、更に奥の方にある。
 墓地は心が落ち着く。雨にけぶる山の風情は格別だ。下の画像は、清水さんの塔を望んだその一景。
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 墓地から戻り、親鸞の墓所の前に建つ明著堂に参る。ちょうど鐘楼が時を告げ、堂内では『正信偈』が読誦されていた。参拝者の供花で描かれた「西方浄土」の四字も、お盆やお彼岸などではおなじみのものだ。
 明著堂の近くにある戦没者記念堂に一礼し、父方の菩提寺の納骨壇がある第一無量寿堂へ行く。入口が6階になっているので、エレベーターで納骨壇のある3階まで降りる。6階のエレベーターの傍には古い木製のベビーベッドがあって、息子が乳児だった時にはそこでオムツをかえたものだ。

 帰りは四条まで歩き、裏寺町の柳小路にあるカレー専門店「マリーD」で遅い昼食をとり、アヴィスと十字屋三条本店でCDを買った。十字屋はリニューアルされており、ギターの売場が1階に移っていた。3階の管楽器売場まで上がり、バス・クラリネットなどを「へえ~」と思いながら見て歩いた後、2階のCD & DVD売場へ。クラシックとジャズが殆どを占めているのは変わらないが、クラシックの売場面積が狭くなったような気がした。LPも置かれていたが、以前に比して少なくなっていた。
 最後に、これも昨秋にリニューアルされたゼスト御池の地下街へ行ったが、相変わらず人が少ない。地下鉄で来る人々も、ここには寄らずに京極、寺町へと流れて行くのだろう。

by Abend5522 | 2013-03-20 23:41 | 日々の事
2013年 03月 19日

このステレオは?

 先日、東映チャンネルでやっていた『第三次世界大戦 四十一時間の恐怖』(第二東映。1960年)を録画した。初めて観る作品だったが、核戦争に翻弄される市井の人々の悲劇を、東宝の『世界大戦争』とは違う視点から描いた、見応えのある作品だ。

 映画の中には、二種類のステレオ装置が登場する。
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 主人公を含む大学生たちが喫茶店で喋っているシーンに映ったステレオ。中央に大きくメーカー名の一部、そしてその下にマークがある。古いモノクロ映像なのではっきりとはわからないが、"GOLDM・・・"に見える。そうだとすれば、SACDプレーヤーの基盤がパイオニアの廉価マルチプレーヤーと同じだと話題になった高級オーディオメーカーのGOLDMUNDを思い浮かべるの。しかし、このメーカーが50年以上前からあったのか、そして映像にあるようなマークなのかは、ヴィンテージ・オーディオに詳しい方がおられたらご教示をいただきたい。
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 主人公である大学生の自室にあるステレオ。昔のテレビと同じように脚がついているものだ。これも、左のSPにあるメーカー名が不鮮明でわからない。やはり、詳しい方にお教えいただきたい。

 わからぬばかりで何だが、映画やドラマに映ったオーディオ装置についてあれこれ思ってみるのも面白い。

by Abend5522 | 2013-03-19 23:10 | オーディオ・映像・機材
2013年 03月 11日

東日本大震災二年に際して

 近頃、対外的なニュースと対内的なそれがバランスを欠いているように感じる。国内にさしたる問題がないのであれば、それも当然だろう。しかし、テレビを見ていると地震情報がよく出る。それも、震度3~5というのが日常的に、様々な地方で発生している。

 クライスラーが中国、日本へ演奏旅行に出かける際、奥さんが「あなた、ね、よくおぼえておいてくださいよ。wたしたちは、これから匪賊と台風と地震の国を訪れるんですからね・・・・・・」(『レコード名演奏家全集5 器楽奏者』)と言ったという。実際に、クライスラーが来日した1923年の5月、夫妻は地震を体験している。そう、これからわずか4ヶ月後に発生した関東大震災の予兆地震をである。今年は、それから90年に当たる。

 90年前の外国人にも地震国として知られていた日本だが、政府も国民もその意識が薄かったことは、18年前の阪神淡路大震災で顕著になってしまった。そして、地震の上に大津波と原発事故を伴った東日本大震災は、地震国、島国である日本が、その国土上に多くの原発を保有する国であることを強く意識させ、今もさせている。

 今日、テレビは東日本大震災二年の特集に溢れている。当時の映像も多く映されている。しかし、原発のことが大きく抜け落ちている。まるで、それから国民の眼をそらさせるかのように。
 日航機墜落事故や阪神淡路大震災を描いたドラマが、再放送されているのはどういうことなのだろう。このどちらにも、原発は絡んでいない。まるで、それから国民の眼をそらせるかのように。

 東日本大震災の時は、大津波から車で避難しようとした人々が大渋滞を起こし、多くの死亡者を出した。しかし、昨年再び津波警報が発せられた時、徒歩で避難してくれというマスコミや警察の呼び掛けにもかかわらず、またもや多くの人々が車で避難し、大渋滞を起こした。これは、今日のワイド番組でやっていた内容である。そして、ここでも原発のことは抜け落ちていた。

 原発事故のことが抜け落ちた東日本大震災二年に際する「情報」とは、いったい何なのだろうか。

by Abend5522 | 2013-03-11 21:29 | 日々の事
2013年 03月 03日

レクイエム

 歴史が好きである。何かに興味を持つと、その歴史の本を買ったり、ネットで調べることが多い。大学では国史学を専攻したかったのだが、受けた大学は全て不合格だった。志望学科は第三希望まで可だったが、第一希望の史学科、第二希望の哲学科がともに否で、第三希望の佛教学科に収まったというわけだ。

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 筆者は理工系の出身で、平尾貴四男に作曲理論を学んだジャーナリストであり、本書でも譜例を挙げながら、グレゴリオ聖歌から邦人作曲家の作品までを、読みやすい文章で解説している。ブラームスが古楽に強い関心を持っていたことや、ドヴォルザークのレクイエムとバッハのロ短調ミサとの関係についても、譜例とともに説明がなされている。また、筆者は作曲家たちの死生観についても述べており、本書をいっそう読み応えのあるものにしている。ただ、プッチーニのレクイエムが取り上げられていないのが不満ではある。
 レクイエムの歴史書というのは、ありそうでないものだ。本書は10年ほど前に購入したものだが、4月に河出文庫で再刊されるようなので、お勧めの一冊である。

 今日は桃の節句。お雛さんには京雛と東雛あって、お内裏さんとの位置関係が異なる。お雛さんが右に置かれるのが京雛で、左なのが東雛だ。左側が身分の高い者というのが古式なのだが、東雛が左なのは、大正天皇が即位の礼で西洋式に倣って右側に立たれて以来のことらしい。しかし、当時の絵葉書などでは貞明皇后の左におられ、また父君の明治天皇には、照憲皇后の右におられるものもある。この辺りのことを歴史的に見て行くのも面白いだろう。
 

by Abend5522 | 2013-03-03 19:32 |
2013年 03月 02日

『鏡地獄』のヒント?

 江戸川乱歩の『鏡地獄』。鏡の魔力にとりつかれた青年が内側全面を鏡張りにした球体を作り、自らその中に入った挙句に発狂したという短編である。

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 『華厳経(大方廣佛華厳経)』を所依の経として、中国で開花したのが華厳宗。その諸師の中、武則天の厚い庇護を受けた一大思想家が、昨年が没後1300年だった賢首大師法蔵である。中央アジアにあった康居国の丞相を務めた家柄で、祖父の代に中国に帰化して皇帝に仕えた。

 『華厳経』の漢訳で一般的なのは、晋の時代にインド人のブッダバドラが訳した六十華厳(60巻本)だが、唐代に武則天が西域のホータン国から訳経僧のシャクシャーナンダを招き、新たに八十華厳(80巻本)を訳出せしめた。この時、法蔵はシャクシャーナンダが口述したものを漢語で筆記する筆受を担当しているので、その語学力は相当なものだったに違いない。

 法蔵は、武則天に彼の華厳思想を何度も説いたが、その難解な内容を解り易くするために工夫を凝らした。そのひとつは、黄金で出来た獅子の像に武則天を注目させて説いたものだ。彼は金獅子を指差して、これは黄金の塊だが、こうやって細工されると獅子にしか見えない。しかし、獅子の形に細工されても黄金であることを失わないと説いた。これは、佛=真理を黄金、縁を細工、現象を獅子に例えたもので、あらゆる現象は真理が縁に随って現れたものということを説いたのである。

 もうひとつが、鏡を使った実験である。法蔵は十方に鏡を置き、その中に佛像を入れて灯りで照らし、無限に映るその姿を見せた。これは、あらゆる現象が網の目のように相互関係を成し、Aが主の時はBが伴となり、Bが主となればAは伴となること、またXが顕れている時にはYが隠れ、Yが顕れるとXは隠れるということを説くためである。

 江戸川乱歩は、科学雑誌から『鏡地獄』の着想を得たという。乱歩が、この法蔵の実験を知っていたかどうかもわからない。しかし、片や主人公を発狂させた異様な世界、片や高度な華厳思想という全く異なるものの間に、1200年余りの人間の時を感じることができる。

by Abend5522 | 2013-03-02 00:14 | 佛教
2013年 03月 01日

コンサートのハプニング

 コンサートへは、もう15年ほど行っていない。京都コンサート・ホールへも、一度行ったきりだ。そんな私が、昔行ったコンサートで見たハプニングを幾つか紹介したい。生身の人間である以上、ハプニングはいつ起こるかわからない。私自身、高校時代に合唱部にいた関係で、行事で佛教讃歌のソロを歌った時に二度までも音を大きく外してしまい、満座の中で大恥をかいたという苦い経験を持っている。

 関西フィルの指揮者や大阪音大の教授を務める英国出身のデイビッド・ハウエルが、民音のコンクールで1位なしの2位を獲得した翌年の1974年、京響を振った披露コンサートが京都会館第二ホールで開かれた。曲は『運命』だったのだが、終楽章にさしかかるところで突然ホールを圧するような大イビキが。そして、誰かが注意したためか、続いて「うあ~ん!」という大声が響き渡った。せっかくの披露コンサートでのハプニングに、ハウエルはどんな気持ちだっただろうか。

 大阪テレマン・アンサンブルのコンサートは3回聴いた。1972年に府立文化芸術会館で『メサイア』、75年と77年に兵庫の夙川カトリック教会でテレマンの『マタイ受難曲』を。このうち、75年のコンサートでは演奏中に時報のサイレンが鳴り渡った。ちょうどオルガンのソロ部分でだ。サイレンとオルガンの音がピッタリと重なり、不思議な音響が現出した。サイレンが鳴り終わるまで、演奏は中断された。77年の時にはこのハプニングは起こらなかったが、その代わりにソロ歌手が演奏中に小銭をバラまいた。ズボンのポケットに穴が開いていたらしい。

 二期会関西支部と関西歌劇団のオペラ公演に何度か行った。当時は日本語上演で、オケは二期会が若杉弘/京響、関ぺラ(こう呼んでいた)は朝比奈隆/大フィルだった。二期会はモーツァルトなどの作品を手堅く上演し、歌手も演出もそこそこのものだった。これに対し関ぺラは、『ドン・カルロ』や『道化師』などを、現在の変テコ演出の元祖ではないかと思うような珍妙な演出、ユニークな歌手と重厚なオケでやっていた。かつて甲子園と大阪球場で本物の動物を使った『アイーダ』をやり、ハプニングを起こした関ぺラだけのことはある。

 1976年、京都会館でパールマンのヴァイオリンを聴いた。バックは、イビキで『運命』を邪魔されたハウエルと京響。メンデルスゾーンとチャイコフキーのVn協というプログラムだった。止まない拍手にパールマンが何度か登場し、椅子に座った。しかし、ヴァイオリンを持っていない。するとパールマン、コンマスのヴァイオリンを借りてパガニーニの『カプリッチョ』を弾いてアンコール。こういうやり方は初めて見た。

 1976年、イタリア歌劇団の公演を観に東京へ2回行った。当時、NHKホールの廊下は狭かった。だから、休憩時間には中村紘子、桜井センリ、ドナルド・キーンなどの姿を見ることが出来た。極めつけは、休憩時間中のホール内で話していたラフな格好の兄ちゃんとおっさん。ホセ・カレラスとジュゼッペ・ディ・ステファノだった。ミーハーな10代だった私が、二人からサインを貰ったのは言うまでもない。

 イタリア歌劇団公演では、チレアの『アドリアーナ・ルクヴルール』が上演された。カバリェ、コッソット、カレラスといった豪華メンバーだ。しかし、カバリェがカレラスとの二重唱のシーンで心臓発作を起こして倒れ、カレラスが"Morta! Morta!(死んでしまった!死んでしまった!)"と叫んだ。カバリェは慶大病院へ搬送され、一命はとりとめた。すぐに『カヴァレリア・ルスティカーナ』でローラを歌ったガブリエルラ・ノヴィエルリが代役に立ち、最後まで見事に歌い切った。
 カバリェはその後も健在で、今年で80歳になる。

1977年、京響の定演でバッハの『マタイ受難曲』を聴いた。指揮が山田一雄。日本語上演。電子オルガン2台。祈ったり、指さしたりする合唱団・・・ご想像あれ。

 1978年、SKBのコンサートを,大津の滋賀県立体育館で聴いた。プログラムはドヴォ8とブラ1。休憩時間に、燕尾服姿のスイトナーが、顔面蒼白で私の前をトイレに向かって通り過ぎて行った。

 同年、京響の定演にストラスブール・パーカッション・グループが客演し、ヴァレーズの『イオニゼーション』を演奏した。すると、サイレンが鳴るところで、私の隣席の女性が笑い転げた。だが、それよりも凄かったのは、前の席の外人夫婦がバナナを食べていたことであった。

 同年、京都会館でニューヨークPOを聴いた。指揮者がバーンスタインから急遽ラインスドルフに代わった。
『未完成』の終わりの方で、何かがオケのヴァイオリン奏者の近くに落下した。また、演奏後に舞台の照明が明るくならず、薄暗いステージからラインスドルフが聴衆に礼をしていた。ホール側の大きなミスだ。

 オマケ・・・高校時代、私は十字屋で「ベートーヴェンの『田園』の全曲はありますか?」と店員にたずねている人を目撃した。 

by Abend5522 | 2013-03-01 03:30 | クラシック音楽