人気ブログランキング |

Abendの憂我な部屋

abend.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 10月 ( 6 )   > この月の画像一覧


2012年 10月 26日

甦るジークムントと俗化するヴォータン そしてスポレッタの笑い



 英国ロイヤル・オペラの『トスカ』(2011年)。指揮は音楽監督の、ヴェルディもプッチーニもワーグナーもやるパッパーノ。

 カヴァラドッシはカウフマン。スカルピアはターフェル。そう、ルパージュ演出のメトの『指環』で、ジークムント、ヴォータンを演じた二人である。

 カウフマン。「妙なる調和」(00:10:50~)と「星も光りぬ」(01:46:15~)を聴くだけで、カヴァラドッシ役は当然リリコ・テナーと信ずる人は抵抗感を持つかも知れない。カウフマンの声は、ヘルデンも歌えるドラマティコ・テナーで、「妙なる調和」ではジークムントが時空を経て甦ったかのようだ。そして「星も光りぬ」。これが歌われた後で拍手がないのを初めて観た。おそらく、観衆を魅了する「泣き」がなかったからだろう。しかし、弱々しく始まり、抑制されたカウフマンの表現を私は好む。「泣き」を入れるのなら、デル・モナコのように慟哭するか、五十嵐喜芳のように歌舞伎調で行くか、いずれにせよ徹底させるべきであって、それとは対極的なカウフマンの歌唱は、もう一方に徹底していてグッとくる。

 ターフェル。登場シーン(00:34:47~)と「テ・デウム」(00:47:20~)を観て思うのは、その容姿に似合わない声の軽さ、響きの乏しさだ。ゴッビやミルンズにはとても及ばないのだが、一目で邪悪さを印象づける風体は大きな魅力といえる。権力欲と好色だけを残して俗化したヴォータンとでもいうべきか。

 カウフマンは43歳。ターフェルは47歳。そして、トスカを演じているゲオルギューはターフェルと同じ歳である。主役キャンセルやアラーニャとの離婚など、何かとお騒がせなゲオルギューだが、声は既に全盛を過ぎた感があるとはいえ、大袈裟なその演技はなかなかのものだ。特に、スカルピアを刺し殺すシーン(01:29:50~)は凄まじい。スカルピアの死体に燭台を置き、胸に掛けていた十字架をその上に落とす。この場面での、スカルピアに対するトスカの心情については、様々な解釈が可能だろう。
 難もある。台本のト書には、先が鋭く尖ったナイフで刺すとあるのだが、トスカが握っているのは、どう見ても普通の食事用ナイフなのだ。これで刺すのには無理があるのではないか。
 不思議な演出もある。スカルピアが書いたチヴィタヴェッキアへの通行許可証が、血だらけになって死体の胸に乗っているのである。それを取ったトスカは嬉しそうな顔をするのだが、血まみれの通行許可証では用をなさず、トスカが思い描いているカヴァラドッシとの道行は、その行き先がチヴィタヴェッキアではなく、両人とも処刑場行きの羽目になってしまうこと必定である。演出のジョナサン・ケントは英国で大人気だそうだが、この演出、トスカが頭の鈍い女なのか、それともスカルピアの血に染まった通行許可証が、冥界へのそれとなったことを象徴しているのか、定かにはわからない。

 さて、幕切れである(02:03:10~)。ゲオルギューは、ここでは大袈裟な投身はしない。無視してもいいぐらいだ。ここで注目すべきはスポレッタである。
 台本のト書には、トスカの投身を見たスポレッタがショックで呆然としているとあるのだが、ケントの演出では、それを見たスポレッタが高笑いをし、悠然と舞台前方に歩いて来るところで幕となる。これには驚いた。そして、見事だと思った。演出には、音楽監督であるパッパーノの考えも取り入れられていたと思われるが、こういう活き活きとしたスポレッタは初めてだ。
 トスカの投身に呆然とするスポレッタの脳裏には、スカルピアを刺殺したトスカに目の前で自殺されてしまったことにより、その責任がスカルピアの腹心である自分に及ぶことへの恐怖が渦巻いていたのではないかと思う。一方、高笑いして悠然と歩むスポレッタは、腹黒い野心家として映る。アンジェロッティもカヴァラドッシもトスカも、そしてスカルピアも死んでくれた。手を汚さずして、俺の時代が来た。そんな黒い欲望を観衆に向かってアピールしたのだというのが、私の感想である。 

by Abend5522 | 2012-10-26 01:04 | クラシック音楽
2012年 10月 25日

ヴェルディと『トスカ』~『運命の力』から考える~


 ヴェルディと『トスカ』の関係について、私が得ている知識は次のとおりである。
  1 ヴェルディは、戯曲『ラ・トスカ』の作者サルドゥーと親交があった。
  2 1894年、81歳のヴェルディは『オテロ』のフランス初演の準備のためパリにいて、サルドゥー邸で『トスカ』
    の台本を作者のイルリカの朗読で知って感銘を受けた。特に、第三幕の「星も光りぬ」のシーンでは興奮     し、台本を貪るように読んだ。
  3 ヴェルディは、今の自分には『トスカ』を作曲する体力がないと言い、プッチーニは良い台本を得て成功す      るだろうと述べたが、ラストシーンは書き改めた方が良いという感想を漏らした。

 問題にしたいのは、3でのラストシーンについてである。これについては、既にsawyer様より、トスカが最後に自殺をすることに対し、カトリック教徒であるヴェルディには抵抗があったからではないかという示唆をいただき、思うところがあった。
 ヴェルディの諸作品で、主役が最後に自殺をするものとしては『オベルト』、『エルナーニ』、『ルイザ・ミラー』、『運命の力(原典版)』、『オテロ』などがあるが、『オベルト』と『ルイザ・ミラー』ではヒロインが自殺して終わる。ただし、前者では狂乱の果ての自殺であり、後者では自殺願望を持ちつつも、結果的には強要されてのそれであるが。

 上記で、『運命の力(原典版)』を挙げた。この歌劇は、ロシアのマリインスキー劇場からの依頼で作曲され、1862年に同所で初演された。しかし、そのわずか1年後にヴェルディは改訂を考え、有名な序曲を加えた改訂版が、1869年にスカラ座で初演されている。現行上演は、この改訂版でなされるのが普通なのだが、原典版との間に問題を孕むのが、幕切れのシーンの大きな変更である。
 ドン・アルヴァーロと、彼を父の仇と狙うドン・カルロが決闘を行い、瀕死の重傷を負ったドン・カルロは、ドン・アルヴァーロと相思相愛である妹のドンナ・レオノーラを刺して息絶える。そして、グァルディアーノ(修道院長)が見守る中、ドンナ・レオノーラは愛するドン・アルヴァーロに抱かれて死んで行くシーンである。

 現行の改訂版での上演。8:33から観ていただきたい。嘆き悲しむドン・アルヴァーロに、グァルディアーノがドンナ・レオノーラの天上での至福を祈って幕が降りる。

 原典版での上演。4:15から観ていただきたい。嘆き悲しむドン・アルヴァーロは、聞こえて来る修道僧たちの「ミゼレレ」を耳にして崖の上に走り行く。そして、グァルディアーノと修道僧たちがドンナ・レオノーラと兄のドン・カルロの死体を見て悲しんでいる背後から、ドン・アルヴァーロはグァルディアーノを「馬鹿野郎!」と罵り、人の世を呪う言葉を絶叫して崖から投身する。

 『運命の力』の台本を書いたのは、既に『リゴレット』や『ラ・トラヴィアータ』の台本を書いていたピアーヴェで、彼は宗教的に問題があるドン・アルヴァーロの最期も改変せず、ヴェルディもそれに文句はつけなかった。しかし、ロシアでの初演時からこのシーンには非難の声が聞かれ、このままではカトリック信仰の強いイタリアやフランスでは上演出来ないことを懸念したヴェルディが、極めて宗教的な終わり方をする現行版に改訂をしたのである。
 ヴェルディは台本の出来具合にはやかましく、演出家という職業がなかった当時、彼自身が演出をつけることも多かった。だから、ヴェルディが敬虔なカトリック教徒ならば、このシーンはピアーヴェに改変を迫ったはずであるが、そうはしていない。ゆえに、彼が改訂版を作曲したのはカトリック圏での上演のためであって、自身の心は原典版にあったのではないかというのが、私の考えである。ヴェルディは教会の権威を嫌い、日曜の礼拝にも殆ど行かなかったという。こういう彼のポリシーは、次作の『ドン・カルロ』で強く押し出され、遂には邪悪な神を信じる『オテロ』のイァーゴを生み出すに至るのである。

 ヴェルディがキリスト教徒の自殺で幕を閉じる歌劇を既に作曲しており、その中にはヒロインが自殺するものもあること、そして『運命の力』原典版のことを考え合わせれば、彼が『トスカ』のラストシーンを書き改めるべきだと思ったのは、自殺に対する宗教的見地からではなく、このシーンを蛇足と考えたからではないだろうか。ヴェルディならば、カヴァラドッシが本当に処刑されたことを知ったトスカに、その時点でスカルピアのモティーフの強奏をバックに、スカルピアへの呪いの言葉を叫ばせ、それに押されたスカルピアの忠臣スポレッタが、発作的にトスカを射殺して終わらせるのではないかと空想する。プッチーニは、スポレッタのキャラクターを充分活用できていない。ヴェルディならば、スカルピア死後の終幕には、スポレッタを活躍させたと思う。

 『トスカ』も『運命の力 原典版』も、三人が全員死ぬ悲劇である。ヴェルディの歌劇には、殺されたり、処刑されるものが多く、『シチリアの晩鐘』のように大虐殺シーンで終わるものもあるが、『トスカ』との接点となるのは『運命の力』の原典版だけであろう。
 


 

 

by Abend5522 | 2012-10-25 02:43 | クラシック音楽
2012年 10月 20日

スカルピアとイァーゴあるいは欲望と信仰


 sawyer様、HABABI様がそれぞれプッチーニの『トスカ』を観劇なされ、ブログにご感想を載せておられる。私も、初めて観た歌劇が『トスカ』であった。
 ご両兄のご感想を拝読し、この作品についてsawyer様と意見を交換させていただくうちに、第一幕の最後にある「テ・デウム」におけるスカルピアと、ヴェルディの『オテロ』第二幕の始めに置かれた「クレド」におけるイァーゴを比較してみたいと思うようになった。前者が後者に影響を受けていたことは推察できるが、ここではスカルピアとイァーゴという"悪人"のキャラクターを中心に、思うところを述べてみたい。
 映像については、私がその美声と演技力を愛してやまないシェリル・ミルンズが両方とも演じているものがYouTubeにあったので、それを使いたい。「テ・デウム」は映画版、「クレド」はメトの公演のものである。

★プッチーニ/歌劇『トスカ』より「テ・デウム」

(スカルピアが歌う箇所の歌詞 "va,Tosca!"以降)
行け、トスカよ!おまえの心にスカルピアは潜んでいるぞ!…  
そしてスカルピアは解き放つ
嫉妬という猛禽の翼をな。
おまえの疑惑の中に、どれほど鍵が隠されていることか!
一石二鳥を
私は狙う。だが逆賊の頭領は
価値では劣るな。ああ、あの勝気な瞳に
宿る炎が
愛にもだえてしおれていくのを
私の腕の中で見ることに比べたら…
ひとつは絞首台、
もう一方は我が腕の中へ…
トスカ、お前は私に神をも忘れさせる!
御身、永遠の父よ
全地は御身を拝みまつる!
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/64.html

★ヴェルディ/歌劇『オテロ』より「クレド」

 下記のものの方がいいのだが、共有禁止になっているため、URLを挙げておきたい。
 http://www.youtube.com/watch?v=pesXB2rtMBw

 (歌詞)
行け!
お前の目的はもう分っている。
お前の本性の悪魔がお前を駆り立てる、そしてその悪魔こそ、この俺だ。
そしてその俺をひきずるのが、俺の悪魔だ。
その中に容赦のない無慈悲な神を俺は信じる。
俺は信じる、彼自身の姿に似せて俺を創った残忍な神を信じる。俺は怒った時この神を呼ぶ。
俺は劣等な胚種からか、さもなければ悪質な原子から生まれたのだ。
俺は極悪非道だ。何故なら人間であるが故に、そして俺は、自分の中に生まれながらの卑劣なものを感じるのだ。
そうだ!これが俺の信条だ!
俺は堅固な心で信じる、ちょうど教会におまいりする若後家が信じるように、俺が考える悪、そして俺から生まれ出る悪を、俺の運命として成就するのだ。
俺は信じる、正直者は嘲弄すべき道化役者であると、顔にあらわれるものも、心の中も、彼の中にあるすべてのものが虚偽だ、涙、くちづけ、まなざし、犠牲と名誉、すべてこれ虚偽。
そして俺は信じる、人間とは揺籃の芽生えから墓場のうじ虫に至るまで、邪悪な運命のたわむれにすぎぬと。
散々笑い者にした挙句に、死神がやってくる。
そしてそれから? そしてそれから?
死は即ち無だ、天国などは古臭い馬鹿話さ。               (カラヤン/VPO盤の鈴木松子訳による)

 スカルピアは警視総監。脱獄した共和主義者の頭領であるアンジェロッティを逮捕して処刑台へ送ることと、トスカを自分のものにする、色と欲の「一石二鳥」が彼の狙いなのだが、「私は狙う。だが逆賊の頭領は
価値では劣るな。」とあるように、真のターゲットはトスカである。

 イァーゴはオテロに仕える旗手。オテロが「誠実なイァーゴ」(第一幕)と呼ぶほど信頼されている。しかし、彼は自分がムーア人であるオテロの配下で、しかも旗手という低い位に置かれ、またオテロが自分を差し置いてカッシオを副官にしたこと、そして高貴な生まれであるデズデーモナを最愛の妻にした歴戦の名将軍であることから、人種差別と嫉妬心からオテロへの憎悪の権化となった人物である。

 スカルピアは、トスカが「持っている」猜疑心を利用する。イァーゴは、オテロに猜疑心を「作り出す」。

 トスカは、カヴァラドッシが名も知らぬままに教会へよく来る女性をモデルに描いているマグダラのマリア像を見て、それがアンジェロッティの妹であるアッタヴァンティ侯爵夫人に似ていると猜疑心を募らせる。そして、それを利用したスカルピアの罠に乗せられて、追跡されているとも知らずにアンジェロッティをかくまっているカヴァラドッシのもとへ走る。スカルピアの"va,Tosca!"は、カヴァラドッシを通してアンジェロッティの居場所へと導いてくれるトスカに向けられたものだが、それ以上に、カヴァラドッシも捕えて葬り去り、トスカを自分のものにできる望みの方が強いと見るのが自然だろう。

 イァーゴが「クレド」を歌うのは、自分が仕向けて酒に酔わせ、その果てに剣を抜いて暴れてオテロの怒りを買い、副官の地位を剥奪されて落ち込んでいるカッシオとのシーンの後である。イァーゴは、デズデーモナに頼んでオテロにとりなして貰えばいいと助言してやり、カッシオはそれに感謝してデズデーモナのところへ向かう。それを見たイァーゴは"vanne"と呟く。"Vanne"もスカルピアの"va"と同じく「行け」と訳されているが、調べてみると"va"は敬語らしく、「お行きなさい」と訳すのが正しいようだ。一方、"vanne"は「他所へ行け」という意味で、「あの世へ往け」、「破滅へと向かえ」という用法もあるそうだ。

 「テ・デウム」は、マレンゴの戦いでナポレオン軍が敗れたという誤報を信じ、勝利を神に感謝するために歌われるのだが、それまでの流れからすると唐突さしか感じない。共和主義者の頭領たるアンジェロッティからして影が薄く、『トスカ』にはマレンゴの戦いを核とした国際紛争が背景にあるとは思えず、また思う必要すらないだろう。
 『トスカ』の初演は、マレンゴの戦いからちょうど100年目の1900年だが、当時のイタリアあるいはフランスの観衆でさえ、特に意識もしなかったのではないだろうか。当時の評論家、そしてマーラーやR.シュトラウスなどが酷評したこの歌劇を、一般観衆は刺激的で、わかりやすい作品として享受したに違いないと思う。そう、わかりやすいのだ、『トスカ』は。表立った登場人物は全員死んでしまう悲劇なのだが、どのキャラクターも非常にわかりやすい。スカルピアも然り。『水戸黄門』などに登場する色と欲の悪代官が、横恋慕した女に殺されてしまうのだと見ても、特に支障があるとは思えない。

 葬儀でジョン・レノンの『イマジン』を歌うことが、イギリスの一部の葬儀場で禁止されたという報道があった。「天国は無いと想像してみなさい」という歌詞が問題なのだという。これに似たこととしてはは、嘗てシモーヌ・ヴェイユが「神は存在しないものとして祈る」と言い、聖書学者の田川健三は礼拝の時に「神は存在しない」と言って、国際基督教大学教官の地位から追放された事件などがある。
 「残忍な神」を信じ、「死は即ち無だ、天国などは古臭い馬鹿話さ。」と歌って高笑いするイァーゴ。「アヴェ・マリア」を歌った直後に、夫オテロの手にかけられた敬虔なデズデーモナの死も、彼の策略に入っていたことなのかはわからない。しかし、もしそうだったとしても、ヴェルディが一時は作品名を『イァーゴ』にしたいと考えたほどの強烈なキャラクターを有する『オテロ』が、教会から非難されたとか、上演禁止になったことがあるといったことを、私は知らない。王侯貴族を間接的に非難した『リゴレット』や『仮面舞踏会』は厳しい検閲を受けたが、その時期に『オテロ』が作られていたら、ヴェルディは激しい非難を受けたかも知れない。

 スカルピアは、自分が精神的に追い詰めたトスカによって殺された。カヴァラドッシを策略で処刑し、アンジェロッティも自殺したが、トスカへの思いは遂げられなかったのだ。
 イァーゴは、妻のエミリアらによって策略が暴露され、逃走した。イァーゴはそれから捕まったのか、逃げ果せたのかは描かれない。芥川の『羅生門』の最後に書かれた、「下人の行方は誰も知らない」になったのかも知れない。しかし、オテロの破滅という彼の目標は達成されたのである。

by Abend5522 | 2012-10-20 01:51 | クラシック音楽
2012年 10月 09日

吉祥院から伏見へ


 日曜が出勤だったので今日が代休。久々に南へと走った。

c0240245_19392213.jpg

c0240245_19453932.jpg

c0240245_19501462.jpg

c0240245_19405120.jpg

c0240245_19412365.jpg

 吉祥院天満宮。菅原道真の生誕地と伝わるうちのひとつ。道真の臍の緒が埋められているという胞衣塚がある(三枚目の画像)。あとは、本殿と吉祥天女が祀られている社殿などがある。「京都十六社朱印めぐり」のコースになっているが、平日とてか閑散としていた。

c0240245_19592462.jpg

c0240245_2001935.jpg

 御前通を南下し、長い鳥羽浄水場の前を過ぎ、しばらくしてから東へ。京セラ本社と京都高速道路を横切って行く。この辺は交通量が多いので走りにくい。

c0240245_20101767.jpg

c0240245_2017798.jpg

 上の画像は、津知橋という小橋から北向きに撮ったもの。流れているのは疎水で、架かっているのは近鉄の鉄橋。水と鉄橋のグリーンが調和していて心惹かれた。何か、懐かしい風景だ。疎水は北側が暗渠になっていて、橋の南には水門がある。
 下の画像はキンシ正宗本社にあるミュージアムで、自由に見学できるようだ。入ると一杯やりたくなってしまいそうだから、また伏見の酒蔵巡りをする時に取って置こうと思う。

c0240245_20312747.jpg

c0240245_20321610.jpg

c0240245_20332090.jpg

c0240245_2035132.jpg

c0240245_20355483.jpg

c0240245_20363274.jpg

 京阪、近鉄の踏切をわたって国道24号に出る。ここから北上し、途中から大和街道に入る。
 大和街道には色々なものがあるが、まずは藤森神社。学問、勝運、馬の神社らしい。菖蒲の節句の発祥地であり、神功皇后が馬具や武具を納めたという伝説がある。どうやら、「菖蒲」を「勝負」に掛け、また駆馬の神事が行われることから、競馬の神様として人気があるようだ。
 藤森神社から少し行くと聖母学院。女子の短大、高校、中学に小学校、幼稚園まである。赤煉瓦の校舎は、戦時中に陸軍第16師団の庁舎として使われ、その時には空から発見されないように外壁が黒く塗られていたという。
 聖母学院の隣にあるのが、カトリック伏見教会。シンプルで美しい教会だ。昨年、献堂60周年を迎えたという。
 しばらく進むと、JR稲荷駅とその真向かいにある伏見稲荷。表参道はえらく綺麗になっていた。店が立ち並ぶ御幸道は人もまばらだったが、こんな時でも修学旅行の集団と数人の外人さんがいた。

c0240245_21165811.jpg

c0240245_21172845.jpg

 大和街道を十条まで行って、十条通を西へ。すっかり大路となってしまった油小路との交差点まで来た時、「ああ、これが」だった。任天堂本社が、北にあったゴルフ練習場跡を買い取り、新社屋建設工事をやっている場所だ。これで、近鉄の十条駅がすぐ近くにある十条油小路北東角一帯を、任天堂が占めることになる。この地区には建物の高度規制がないのだが、これだけ広い土地なら超高層ビルなどは建てないだろう。建てて欲しくない。
 十条通を新千本までいけばBBGオーディオがあるが、今日は行かずに帰宅した。

by Abend5522 | 2012-10-09 21:34 | 京都
2012年 10月 07日

テープの頃

c0240245_2223266.jpg

 今は使われていない旧社章が懐かしい日立のカセットテープ。私が初めて買った120分テープだ。ごく初期のカセットで、値段は2,000円だったと記憶する。非常に薄いので何度となく切れ、その度に修復用の粘着テープを裏に貼って繋ぎ合わせたものだ。
 録音したものはMDにダビングしてある。その時に記録をしておいたリフィルを見ると、2000年9月22日~23日に、今も使っているケンウッドのCD、MDラジカセMDX-F3でダビングしている。
 録音は、小学校時代から高校時代にティアックのカセット・デッキA-350を買うまでの間に使っていた、サンヨーのレコーダーで行っていた。
 色々なものが録音してある。亡父の肉声(軍歌や懐メロを数曲歌っている)や私が吹いているリコーダーは、レコーダー付属のマイクで録ったもの。TVの歌番組やCMは、マイクをテレビのSPに近づけて録音し、クラシックはワールドボーイとケーブル接続で収録した。
 クラシックは、ベートーヴェンの室内楽が数曲入っているが、どれも一部だけだ。全曲を録音した元のもの上に、クラシック以外のものを入れたようである。どれもNHK-FMからの録音だが、ナレーションの声が加賀美幸子アナウンサーのようであり、またベートーヴェンの室内楽ばかり入っていたみたいなので、当時において特集をよく組んでいた長時間番組といえば、長らくモノラル放送であった『家庭音楽鑑賞』ではないかと推測する。

c0240245_2385397.jpg

c0240245_23102812.jpg

c0240245_23113660.jpg

 FM放送を聴くための指針だった『週刊FM』。カラヤンの写真が表紙の創刊号も残してあったはずだが、見つからない。画像のものは創刊より半年後の、1971年9月20日号である。後に東版と西版に分かれ、隔週刊になって1991年に休刊となった『週刊FM』だが、80円時代の初期のものは薄く、シンプルだった。表紙の女性は、アメリカの歌手キャロル・キング。裏表紙は、レシーバーとプレーヤー一体型のヤマハMS-3の広告。125,000円とあるから、当時のサラリーマンの月収と同じほど高価なものだったことがわかる。
 9月24日のNHK-FM番組表も挙げて置いたが、現在から見れば番組数が少なく、モノラル放送も目立つ。この右ページにはFM東京の番組表があり、両局の一週間分の後には、愛知、大阪、福岡のFM番組表が載せられている。
 「家庭音楽鑑賞」のナレーターは、この時には渡辺学而になっている。「バロック音楽の楽しみ」は、まだ皆川達夫の時代だ。「夜のしらべ」も懐かしいが、20分番組であった「朗読」で漱石の『吾輩は猫である』が放送された中学時代の夏休みには、原作を見ながら聴いた想い出がある。

 原義とは違う意味合いで使われていた「エア・チェック」という言葉も、見聞きすることが少なくなってしまった。
 

by Abend5522 | 2012-10-07 23:58 | オーディオ・映像・機材
2012年 10月 02日

濃い競演



 TV番組『ミュージックフェア』で、1977年に放映されたものらしい。『この空を飛べたら』は、中島みゆきが作曲、作詞したものだ。今は見るからにコワイ感じの中島みゆきも、当時は弱冠25歳。こういう髪型や服装の女子学生が、私の学生時代には多くいた。彼女は、これから数年後にラジオ番組『オールナイトニッポン』のパーソナリティになるのだが、それまで抱いていたイメージとは違った面白い話しぶりに、聴きながらよく笑ったものだった。
 加藤登紀子は当時33歳だが、もっと年上に見える。京都では、彼女の両親が四条縄手に創業したロシア料理店『キエフ』が有名で、私も何度か行ったことがある。ピロシキとロシアンティーが美味で、現在は彼女の兄がオーナー。
 中島みゆきが、『時代』でポプコンと世界歌謡祭のグランプリを受賞したのが1975年だから、映像では加藤登紀子がこの才気溢れる後進を優しく包んでいるような印象を受ける。二人がこれ以降共演をしたことがあるのかどうかは知らないが、滅多に視聴できないコンビであることは確かだろう。


 その加藤登紀子が日本語版を作詞し、ギターの名手長谷川きよしとのデュオでヒットさせた『灰色の瞳』。それを、長谷川きよしが椎名林檎と組んでのこのライヴ映像は、何よりも椎名林檎の声にゾクッとさせられる。クラシックでは嫌われる喉声だが、かのコッソットの偉大なる喉声が大好きな私にとっては、ヴィブラートを付けずとも声だけで表情を作ることができる椎名林檎は素晴らしい。
 『別れのサンバ』で鮮烈なデビューをした長谷川きよしも、今年で63歳になる。さすがに歌唱力は少し衰えたが、素晴らしいギターテクニックは健在だ。5月に、NHKのTV番組『SONGS』で彼の特集をやっていたが、今は活動拠点を京都に置いているらしい。


 NHKのTV番組『プロジェクトX 挑戦者たち』のテーマ曲となり、大ヒットした中島みゆきの『地上の星』。大の相撲ファンとしても有名なデーモン小暮閣下が、群馬SOのバックで歌ったものだ(指揮者が誰かわからないのだが)。
 手兵の聖飢魔IIのバックで歌う時にも、閣下の優れた歌唱力にはいつも感心させられたのだが、この映像ではそれがいっそうよくわかる。広い域でよく伸びる声が、見事だ。閣下は他にも多くの曲をカヴァーしているが、その中でもこれが出色の出来栄えだと思う。

 クラシックでは、「濃い競演」がなくなってしまったのだろうか。オイストラフ、ロストロポーヴィチ、リヒテル&カラヤン/BPOによるベートーヴェンの三重協奏曲や、カバリェ、コッソット、ドミンゴ、カップッチルリ、ギャウロフ&ムーティ/ニュー・フィルハーモニアOによるヴェルディの『アイーダ』などは「夢の競演」といわれたが、こういう共演陣ならば「濃い」と表現する方がいいだろう。ジャンルを問わず、「共演」が「競演」になって行くところに音楽の醍醐味がある。

by Abend5522 | 2012-10-02 21:48 | クラシック以外の音楽