人気ブログランキング |

Abendの憂我な部屋

abend.exblog.jp
ブログトップ

<   2012年 04月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2012年 04月 30日

愛用のドライバー

 工具が好きである。ホームセンターなどへ行くと、工具コーナーを必ず見て歩く。
c0240245_2259568.jpg

 前の職場にいた時、近くにあったホームセンターで買ったクロスとマイナスのドライバー。それぞれ1000円程度の普及品だが、グリップが大変握り易く、手が疲れない。また、先端部がマグネットになっているので、作業中にネジが落ちる心配もない優れ物だ。

 メーカーのKTCは、久世郡の久御山町に本社がある京都機械工具。工具業界では有名な大手企業である。HPの製品カタログを見ると、ワクワクするような品が並んでいる。

 手先が不器用なので、工作などは今に至るも大の苦手である。キットになっているゲルマニウム・ラジオや、洗面器の底をくり抜いてSPを作ったりしたことはあるが、それ以上のことは私の手には負えない。

 marantzのCDプレーヤーCD-34は電源コードが直出しなので、RCA端子を付けられるといいのにと思ってネットで調べると、その工作方法が載っていた。しかし、一読して私の能力では無理とわかった。手先が不器用な上に性格が雑なので、SPケーブルの末端処理も火で炙って表皮を剥き、指でこよるという雑なことをやっている。バナナ・プラグを装着した時には、このために苦労した。

 ケーブルといえば、前の職場でXLRのロング・ケーブルをPAに接続したところ、ラジオの音声がいきなり鳴って驚いたことがある。私の前任者が自作したケーブルらしく、シールド処理をしていなかったと見えて、アンテナになってしまったのだった。

 ドライバーから始まり、ケーブルで終わる、雑な話で恐縮。

by Abend5522 | 2012-04-30 23:52 | オーディオ・映像・機材
2012年 04月 29日

機材風景

 機材は、ハヤミのラックに集中させている。 
c0240245_1922688.jpg


 ラック内
 右上段:本体が黒いので見えないが、C.E.CのCDレコーダーRW2300。
c0240245_2051090.jpg

 右下段:YAMAHAのAVアンプDSP-AX757。
 左上段:これも黒いので見えないが、BDデッキ内臓のCATVのSTB、Panasonic TZ-BDW900J。
c0240245_20215220.jpg

 左下段:下 DENONのCDプレーヤーDCD-1650SR。
      上の右 STAXのヘッドホンアンプSRM-313。
      上の左 またまた黒いので見えないが、marantzのCDプレーヤーCD-34。
c0240245_20292018.jpg

 ラック上
 VictorのレコードプレーヤーQL-Y7。
 ONKYOのMDデッキMD-105FX。
 SONYのテレビBRAVIA KDL-40EX710。

 テレビの映像は、クラシカ・ジャパンでやっていたヤンソンス/コンセルトヘボウの第九の一コマ。レコードプレーヤーの上部が画面の下部を遮るので、テレビの位置をもう少し上げたいと思案している。

by Abend5522 | 2012-04-29 20:39 | オーディオ・映像・機材
2012年 04月 29日

☆ 私の愛聴盤 ベートーヴェン / 交響曲第5番『運命』

 嘗ては、クラシック入門者が最初に買うLPが『運命』/『未完成』のゴールデン・カップリングで、演奏はカラヤン/BPOのグラモフォン盤というのが王道であった。私もこのLPを知人から貰ったが、初の『運命』はセル/クリーヴランドOの17cm盤だった。今ではセル盤のべト全も持っているが、聴く頻度は極めて少ない。

 中学時代は、フルトヴェングラー/VPOのLPを愛聴していたが、コンヴィチュニー/LGO盤に出会ってからは、これが私のスタンダートになった。その後も、ライナー/シカゴSO盤やリンデンベルク/ウィーン・フォルクスオパーO盤などに強く惹かれたが、これらはコンヴィチュニー盤とは傾向が全く異なるものであった。

 何年ぐらい前になるか、コンヴィチュニー盤を聴く時と同じ体感を得られた演奏があった。フェレンチク/ハンガリーPO盤である。
 
c0240245_023344.jpg

 フェレンチクのベートーヴェンは、第九をLPで聴き、これは見事な演奏だと思ったのが初めてだった。1907年生まれなので、コンヴィチュニーとほぼ同世代の指揮者で、戦前にはトスカニーニの補助指揮者を務め、ウィーンでも活躍したが、戦後は祖国ハンガリーで、1984年に亡くなるまで指揮活動を続けた。名指揮者輩出王国のハンガリーだが、多くのハンガリー出身指揮者が西欧やアメリカを活動拠点としたのに対し、ハンガリーにとどまったフェレンチクは、そのせいもあって日本での知名度は低いものだった。リスト、バルトーク、コダーイといったハンガリーの作曲家の作品が、フンガトロン原盤の廉価盤LPで細々と出ていただけだったと記憶する。

 フェレンチクの5番は、第一楽章でティンパニーを強打させ、運命の動機を常に強調しているのが特徴だ。また、高弦のアタックを一貫して強くし、戦闘的なアプローチを聴かせる一方で、清涼なアーティキュレーションによって木管をゆったりと響かせもする。終楽章のリピートはしていないが、最後まで精緻なアンサンブルによって驀進する。クライバー/VPO盤の破滅型の驀進や、ヤルヴィ/ドイツ・カンマーカンマーPOの鋭角的なそれではなく、コンヴィチュニーに似た重心の低い驀進である。

 画像は全集盤からのもので、5枚組のそれぞれはプラケースに入っていて、ジャケもそれぞれ違うのが面白い。 

by Abend5522 | 2012-04-29 01:03 | クラシック音楽
2012年 04月 28日

"夜の女王"たちの宴

 エリカ・ミクローシャ。『魔笛』の夜の女王を歌わせたら当代随一のソプラノ歌手。この難しいアリアは、コロラトゥーラの聴かせ場になると多くの歌手がテンポを落としてしまう。ミクローシャはそんなことをしない。軽々とやってのける。そして、目で演技が出来る。夜の女王を歌うために生まれて来たのではないかと思える才能の持ち主。



  リリー・ポンス。フランス語歌唱。楽々と歌っている。シルキー・ボイスでかつ力強い。フランス語で歌っているせいでもあろうが、邪悪の化身の如きミクローシャの歌唱に対して、エレガントな夜の女王である。



 ルチア・ポップ。ミクローシャやポンスのようなテクニシャンではないが、キュートな声で丁寧に歌っている。可愛い夜の女王。これはこれで好感が持てる。



 ボーニャ・シコルスカ。この人もテクニシャンだ。歯切れのいい歌唱が特徴。



 エッダ・モーザ。怖い母としての夜の女王ならこの人か。堂々とした歌唱が素晴らしい。音楽学者のハンス・ヨアヒム・モーザの娘でもある。



by Abend5522 | 2012-04-28 03:20 | クラシック音楽
2012年 04月 24日

北への哀愁・慟哭・情念

 「北」を歌った曲には、哀愁が漂う。北方志向の私には、それがより強く感じられる。



 さとう宗幸といえば『青葉城恋唄』が最も有名だが、私はこの『北の旅』が一番好きだ。恋が絡んだ北への哀愁が、歌い易いメロディーで表現されている。



 こちらは、TVドラマ『寺内貫太郎一家』の挿入歌にもなった、徳久広司の『北へ帰ろう』。演歌調というよりは、古賀メロディーに近い。マンドリンを使った伴奏にもそれが感じられる。この曲も恋絡みだが、哀愁ではなく傷心による故郷回帰が、慟哭するように歌われている。



 そして、天下の名曲『津軽海峡冬景色』である。舌足らずの声でアイドル歌謡を歌っていた石川さゆりが見事に脱皮を遂げた金字塔というべきか。この曲には、故郷回帰は二の次で、雪の青森駅から青函連絡船の中で見た人々の姿を描くことによって、女の情念というものがひしひしと伝わって来る。哀愁でも慟哭でもなく、海鳴りだけが聞こえて来る中で燃え立つ情念である。この情念は『天城越え』で頂点に達するが、その後の石川さゆりは、もうこのような歌唱をしなくなってしまう。
 『津軽海峡冬景色』は、最近ではアンジェラ・アキがアレンジして歌っているが、そこには情念が感じられない。スマート過ぎるのだ。なお、変わったものとして北朝鮮の歌手が日本語で歌ったものがあり、こちらの方が原曲の陰影をよく表現している。





by Abend5522 | 2012-04-24 01:21 | クラシック以外の音楽
2012年 04月 23日

佛教讃歌

 高校が佛教系の私学で、講堂で行われた行事では聖歌隊となる合唱部にいたこともあって、幾つかの佛教讃歌は今も歌える。

 

 授業のチャイムは、この「ウェストミンスターの鐘」ではなく、始業時がなぜか第9の所謂『喜びの歌』で、終業時が佛教讃歌『恩徳讃』であった。どちらも、チャイムでの演奏だった。



 これは、合唱による『恩徳讃』である。歌詞は、親鸞の『正像末浄土和讃』からのものだ。

 如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし

 師主知識の恩徳も  骨を砕きても謝すべし

 明治期になると廃佛毀釈が近代化を急ぐ日本を席巻し、既成教団は宗門の生き残りを賭けて様々な改革を行った。佛教讃歌もそのひとつで、キリスト教の賛美歌に倣い、西洋的な曲をつけて多くの佛教讃歌を作った。その先鋒に立ったのが浄土真宗で、音楽法要の形式を整えたのもこの宗派である。

 浄土真宗の伝統的な音楽としては、報恩講の時にだけ唱される『坂東曲』がある。お東(真宗大谷派)だけに伝わるもので、越後へ流罪となった親鸞が、荒波に揺れる船の中で念佛を唱えたことに由来しており、僧たちが上体を揺すりながら歌うのが特徴だ。



 伝統的な佛教音楽で最も有名なのは、真言宗・天台宗の声明だが、下に挙げる真言声明の『三宝和讃』などは、旋律が中央アジア風だが、西洋音楽のハーモニーがつけられている。開始30秒からどうぞ。



 伝統的な声明がそのまま歌われているものとしては、以下に挙げた天台声明『四智梵語』を聴いてもらえればと思う。




 

 

  

by Abend5522 | 2012-04-23 00:19 | 佛教
2012年 04月 22日

☆ 私の愛聴盤 ベートーヴェン / 交響曲第4番

 
c0240245_21572065.jpg


 かなり以前のことだが、第1楽章の序奏部を最も正確に刻んでいるのはコンヴィチュニー/LGO盤であると書かれたものを読んだ覚えがある。スコアを見ると♩=66のAdagioなので、メトロノームで確かめると、なるほどこのテンポでやっている。

 序奏といっても、第4のそれは第1主題への動機になっていて、調整のための序奏という旧来の性格は払拭されている。これは、第7を経て第9で最高峰に達する。第4の核は、第1楽章にある。

 コンヴィチュニーの素晴らしさは多彩だが、そのひとつに「音雪崩」と呼びたくなるようなものがある。第4の第1楽章でいえば、第1主題がリピートされる時のトゥッティがそれに当たる。エネルギーが一挙に放たれ、次なる充満へと向かう時の、コンヴィチュニー流のケジメのつけ方だ。

c0240245_22554782.jpg


 第4については、ラインスドルフ/ボストンSO盤も推したい。ボストンSO唯一のべト全からの1枚。

 他のナンバーと比べると、オケを小規模にして演奏している。初演がロブコヴィツ侯爵邸であったことを意識して小規模にしたのかどうかはわからないが、声部の調和を徹底するラインスドルフの面目躍如たるものがある演奏だ。ボストンSOとは7年間の関係だったラインスドルフは、オーケストラ・ビルダーといわれるだけあって、このオケを徹底的に鍛えたことがよくわかる。第1楽章の序奏は遅く、第1主題に入って速くなる。金管の咆哮もティンパニーの強打もないが、リマスタリングの優秀さもあってか、普通では聴取しづらい中弦や木管がかなり明瞭に鳴らされているのが特徴だ。

 30数年前、ラインスドルフ/二ューヨークPOを京都会館で聴いた。バーンスタインの代役として急遽来日したのだが、若き日の記念となっている。

by Abend5522 | 2012-04-22 23:26 | クラシック音楽
2012年 04月 17日

フェントンとルルー

 ジョン・ウィリアム・フェントンといっても、知っている人は少ないかも知れない。英国陸軍の軍楽隊長であったアイルランド人で、明治時代初頭に来日し、初代『君が代』を作曲した。

 ここの4分27秒から、吹奏楽での演奏を聴くことができる。

 クラシック愛好者なら一聴してコラール風とわかる曲である。しかし、これに古今集に由来する国歌の歌詞を乗せると、高低の波を描きながら進むこの曲では実に歌いにくいし、そもそもコラール風の曲では、当時の日本には馴染まなかっただろう。実際、この初代『君が代』は国歌として扱われることはなかったようだ。現行の国歌もハーモニーを付したのはドイツ人のフランツ・エッケルトだが、メロディー自体は宮内省の雅楽職にあった林廣守が作ったものなので、現在に至るまで国歌として受容されているわけである。雅楽といえば、現代では篳篥の東儀秀樹が有名だが、宮内庁式楽部の楽師は宮内庁のオーケストラ団員も兼ねており、以前テレビで東儀秀樹が団員としてチェロを弾いているのを視聴したことがある。

 シャルル・ルルーも、フェントンと同じぐらい知られてはいない。創成期の日本陸軍で軍楽を教えたフランス人将校にして作曲家である。現在も陸上自衛隊で演奏される『陸軍分列行進曲』は、彼が作ったものだ。

 私がこの曲を初めて聴いたのは、戦時中の学徒出陣壮行会のフィルムがテレビで放映されたのを見た時である。戦況が不利に転じ、卒業を繰り上げられた多くの学生が戦地に向かう状況とこの曲は時代的にマッチしていない。『陸軍分列行進曲』は、ルルーが明治天皇に献上した『扶桑歌』と、西南の役を歌った『抜刀隊』を新たに編曲したものだが、メロディーが日本人に馴染み易いために百数十年を経た現在でも現役の行進曲となっている。海軍の行進曲『軍艦』と並ぶ名曲といえるだろう。

 『陸軍分列行進曲』は、『扶桑歌』→『抜刀隊』→『扶桑歌』という構成になっている。『扶桑歌』の冒頭部分は、向田邦子の脚本によるテレビドラマ『阿修羅のごとく』のテーマ曲に使われて一躍有名になったトルコの軍楽『ジェッディン・デデン』と似ているが、『扶桑歌』の方が先に作られている。また、『抜刀隊』の冒頭がビゼーの『カルメン』第一組曲の「アルカラの竜騎兵」に似ていると聞いたことがあるが、聴き比べてみると、「似ている」といえるほどのものではないことがわかる。

 『ジェッディン・デデン』


 「アルカラの竜騎兵」


 フェントンの初代『君が代』は国歌となることなく終わり、ルルーの『陸軍分列行進曲』は現代も受け継がれている。近代日本の黎明期に来日した二人の外国人の明暗というところだろうか。

by Abend5522 | 2012-04-17 01:08 | クラシック以外の音楽
2012年 04月 16日

☆ 私の愛聴盤 ベートーヴェン / 交響曲第3番『英雄』

 愛聴盤といえば、コンヴィチュニー/LGO盤になる。SKD盤は、ヘッドホンユーザーの私にはネックとなる。良質なモノラル録音ではあるが、残響が多く、低弦やティンパ二ーのダブつきは如何とも仕難い。

 「私の愛聴盤」でありながら何だが、ここではコンヴィチュニーではなく、エイドリアン・ボールトに登場して貰おう。LPでは「ダイアモンド1000シリーズ」に凱旋門のジャケで入っていた、今は無きヴァンガード盤である。
c0240245_2131011.jpg

 音質は良くないが、YouTubeに各楽章が部分的にUPされていたので、お聴きいただければと思う。

 オケはLP時代からロンドンPOとなっていたが、CDではロンドンフィルハーモニック・プロムナードOとなっている。ロンドンPOの、レコード会社との契約上の名称らしい。

 第1楽章と終楽章が遅め、第2楽章と第3楽章が早めのテンポ。弦と金管のアクセントが強く、特に第1楽章と第2楽章にそれが顕著だ。ステレオ初期、1956年の録音だから、ピストン式のトランペットが直線的に鳴る。響きが主のロータリー式よりも、『英雄』にはこの方が相応しい。

 93歳の長寿を得たボールトは、録音時既に67歳。英国人とはいっても、LGOでニキシュが活躍していた時代のライプツィヒ音楽院出身である。コンヴィチュニーより一回り年長なので、両者はライプツィヒ音楽院で一緒だったことはない。コンヴィチュニーがまだブルノにいた時代に、ボールトは英国に戻って指揮者となったからだ。

 ボールトといえば、トマス・ビーチャムとのコントラストだろう。ロンドンPOはビーチャムが創設したオケだが、第二次世界大戦中はアメリカなどで活躍していたために、戦後はロンドンPOに戻れず、ボールトが首席指揮者となった。そのために、ビーチャムは新たに自分のオケとしてロイヤルPOを結成した。また、ビーチャムは自分が首席指揮者になれると確信していたBBC響も、その地位はボールトが得ることになった。

 ボールトもビーチャムも英国の作曲家の作品を積極的に取り上げたが、ディーリアスに関しては、ビーチャムがその守護者ともいうべき指揮者だったのに対し、ボールトはディーリアスを殆ど取り上げなかったという。ボールトは、若き日から薫陶を受けたエルガーの守護者であったから、作品の傾向が全く違うドイツ系英国人のディーリアスを嫌っていたというよりも、当時の英国で知名度が低かったディーリアスの作品を殆ど取り上げなかったというのが正解だろう。ボールトは、ビーチャムの存命中にロイヤルPOを指揮しているから、両者の間には、フルヴェンとトスカニーニの間に見られたような確執があったとは思えない。

by Abend5522 | 2012-04-16 00:10 | クラシック音楽
2012年 04月 08日

☆ 私の愛聴盤 ベートーヴェン / 交響曲第2番

 ベートーヴェンの交響曲で、聴く頻度が最も少ない曲である。レコード時代から、1番とカップリングされていても2番の方は聴かずじまいということがよくあった。交響曲全集が手軽に買えるようになった現在でも然りである。
 
 2番は、何かもどかしい。切れ切れの楽想が、統合されないまま連結させられているという印象を受ける。これは、ハイリゲンシュタットの遺書に見られる、失われ行く聴覚への絶望と芸術に対する使命感が、時を経ていないために互いを引っ張り合っている状況の所以だろうか。当時の医療技術では如何ともし難い身体の現実がこの使命感を形成したとすれば、それはベートーヴェンの反抗精神というほかないだろう。

 
c0240245_20321696.jpg
 

 さて、挙げたのはウィン・モリス/ロンドンSOの全集盤からである。モリスは、バリー・クーパー補筆による第10番を初めて録音した指揮者で、これは既にCDを持っているのだが、補筆というよりも殆どクーパーの作品というべきものだった。
 
 モリスは一昨年に81歳で亡くなった。マーラー指揮者として有名だが、私は聴いたことがない。

 モリスは、速いテンポで一気呵成に演奏をしている。第一楽章序奏では、往年のドイツの指揮者を彷彿させる引き摺るようなトゥッティを聴かせるが、総体的にはザッハリッヒなスタンスである。特にどのパートを強調したりすることも、歌わせることもなく、ロンドンSOの高い技量を駆使して推進力の豊かな演奏を展開している。2番に関しては、こういう演奏が好きである。

 

by Abend5522 | 2012-04-08 20:58 | クラシック音楽