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Abendの憂我な部屋

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2013年 02月 09日

父の命日

 今日は、父の祥月命日である。小学校の校長であった父は、私が結婚してから4ヶ月後に、退職後の余生短く、孫の顔も見ることなく、62歳で亡くなった。今年で26年になる。後に、教育功労により叙勲された。
 時に雪の舞う中、妻と自転車で墓参に行って来た。

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 父方の墓は福知山にあるのだが、五条坂の大谷さん、すなわち大谷本廟の無量寿堂に菩提寺の納骨壇があって、回忌以外はそこに参っている。母方の墓も本廟の墓地にあるので、一度に両方の墓参が出来るので便利だ。
 下の画像の、手前が親鸞の墓所の前にある明著堂で、その向こうにあるのが無量寿堂である。正確には寺院や団体名義の納骨を行っている第一無量寿堂で、個人名義で出来る第二無量寿堂は別にある。入口が6階になっていて、菩提寺の納骨壇は3階にある。エレベーターで降りるのだが、お盆やお彼岸の時は階段で降りる方が速い。
 ぎっしりと並んだ納骨壇は、扉を開けると自動的に点灯される。阿彌陀如来の絵像、キン、花筒、書見台に乗った過去帖が置かれている。祥月命日には、26年前に私が記した父の戒名、俗名、行年のある九日の頁を開ける。花を入れることはあまりしないが、拝んだ後の花は壇に残しておいてはいけないことになっている。役僧に読経してもらうことも出来るが、頼んだことはない。

 祥月命日は儒教由来のものだが、先祖や父母を供養すること自体が、そもそも佛教に由来するものではない。『歎異抄』の中で、親鸞は次のように言っている。

 「親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏申したること、 いまだ候はず。そのゆゑは、一切の有情はみなもつて世々生々の父 母兄弟なり。いづれもいづれも、この順次生に仏に成りてたすけ 候ふべきなり。わがちからにてはげむ善にても候はばこそ、念仏を 回向して父母をもたすけ候はめ」

 本願他力の思想では、父母の孝養のための念佛は「わがちからにてはげむ善」、すなわち自力による善行ということになり、本願他力とは主体が真逆になる。
 親鸞は、自分が死んだら賀茂川に捨てて魚の餌にせよと言ったが、彼の妻子は無論そうはしなかった。
  

by Abend5522 | 2013-02-09 20:14 | 日々の事


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