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Abendの憂我な部屋

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2012年 11月 05日

それは地下から出現する


 ワーグナーの『指環』で、地下からぬっと現れてヴォータンに意味深なことを説く地母神にして智恵の神たるエルダ。彼女とヴォータンの間に生まれたワルキューレが、なぜ戦乙女たちなのかにも興味津々なのだが、それ以上に関心を持たせるのは、エルダが神々の黄昏を予知する「時」の智恵を有していることである。
 前の記事でインドの女神カーリーを挙げたが、カーリーは夫であるシヴァ神の異称であるカーラが女性名詞化したものであり、「黒」とともに「時」という意味も持っている。両者とも破壊と新生を司る地母神系である。

 よく見られる寺院建造物に多宝塔がある。二層造りのものが多く、穏やかな印象を受ける塔である。
 多宝塔は、『法華経』の「見宝塔品」に登場する多宝如来が住する七宝の大塔に由来している。
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 「爾時仏前有七宝塔高五百由旬縦広二百五十由旬従地涌出住在空中」

 「見宝塔品」の冒頭である。釈迦如来が『法華経』を説いている時、突如として七宝の塔が出現する。その高さは500ヨージャナ、縦横の長さは250ヨージャナ。佛教では1ヨージョナ(由旬)を約7kmとしているので、お寺の多宝塔からは想像もつかない、七宝で飾られた豪華な超巨大塔である。これが地より湧出し、空中に静止する。

 やがて、この宝塔の中から、『法華経』を説く釈迦如来を讚歎する多宝如来の大音声が轟き渡る。そして、多宝如来は空中の宝塔に釈迦如来を招き入れ、自分の坐を半分空けて釈迦如来を座らせる。これは二尊並坐
といわれ、画像にあるように、多宝如来は古来よりこの形で釈迦如来とともに表現される。こうして二尊は、宝塔の中で対等の会話を行うのである。

 多宝如来は、東方の無限の彼方にある宝浄国の主だが、菩薩であった時に大願を立てて成佛し、滅後に全身が佛舎利となった。多宝如来が、佛舎利を収めるストゥーパ(塔)を住処としているのはこれに因る。
 多宝如来が成就した大願とは、『法華経』を説く者がいるところ、自分はそれが何処であろうとも出現し、讚歎するというものである。釈迦の説いた法を最重視する佛教は、釈迦へと繋がる多くの佛が以前にいたという過去佛を立てるが、多宝如来はその中の一佛であり、言わば釈迦の師といえる存在である。

 多宝如来は、『法華経』の説かれるところ、時空を超えて宝塔に乗り、多くの供を連れて地下より湧出する。それは、まさに「時」を支配する地母神系の如来といえるだろう。『法華経』は、その編纂過程において多くの謎を示しているが、文学的な内容が古来より人心をとらえて来た。日本では日蓮によって大いに宣揚され、為に現代に至るまで多くの教団を生み出すとともに、宮沢賢治、北一輝、石原莞爾といった、方向性の全く異なる人物の思想形成にも関わっている。

 「見宝塔品」の次の「提婆達多品」では、そろそろ地下へ帰りましょうと多宝如来に言ったお供の智積菩薩に釈迦如来が待ったをかけ、竜宮で『法華経』を説いて来た文殊菩薩と対論をさせる。そこで、文殊菩薩は龍王の娘である八歳の龍女を讚歎する。その時、今度は大海の底より竜宮が湧出して空中に静止し、八歳の龍女が現れる。これを見た、いわゆる小乗佛教における釈迦の十大弟子にして智慧第一のシャーりプトラ(舎利弗)は疑念を抱き、龍王の娘である幼女が成佛できるはずはないと言うが、龍女はそれを嘲笑するが如く、釈迦如来の前で瞬時に男に姿を変えて成佛する。
 これは、地母神系の多宝如来に海神系の龍女が対峙したと言うべきであり、当時の宗教勢力図を表したものとして興味深いものがある。

by Abend5522 | 2012-11-05 23:47 | 佛教


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