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Abendの憂我な部屋

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2012年 09月 18日

めぐり逢う膀胱結石手術図

 20年ほど前に、『めぐり逢う朝』というフランス映画があって、レンタルビデオで視た。原題は"Tous les matins du monde"。フランス語ができないので直訳ではどうなるのかわからないが、邦題だけ見ると恋愛映画と間違われるだろう。実話か作り話かは知らないが、戦中のキスカ島撤退作戦を描いた東宝映画『キスカ』の「カ」を「力(りょく)」と読み間違えて、凄いキス・シーンがある映画と思い込んだ人がいたらしいのと同じようなものか。

 『めぐり逢う朝』は、ルイ14世に重用されたヴィオール奏者にして作曲家のマラン・マレの修行時代を、彼の師であるサント=コロンブとの師弟愛と確執を通して描いた作品で、いいものが少ない音楽家の伝記映画にあっては出色の映画だった。

 マレの曲で聴いたことがあるものは極めて少ないが、珍曲として有名な『膀胱結石手術図』(Le Tableau de l'Opération de la Taille)はだいぶん前に聴いたことがあった。そして、ヴィオール、クラヴサンにナレーション付きのこの曲をここに取り上げようと思ったのは、先日泌尿器科で膀胱内視鏡検査を受けたことによる。機縁というのは、面白いものだ。




 フランス語がわかるのなら上の演奏がいいと思うが、黛敏郎が司会をやっている『題名のない音楽会』での日本語ヴァージョンの方も、演奏は凡庸だがナレーターの表現力がなかなかいい。

 『膀胱結石手術図』は、マレ自身の体験を描いた曲らしい。結石は、今では大きくなっても服薬やレーザーによる破砕治療が主で、小さい段階では放置される。私も以前から腎臓と胆嚢に小さな結石が幾つかあるが、治療の指示をされたことはない。尿路結石は2回やったが、あの激痛はなかなかのものだ。歯痛、痛風、椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛とともに、私が味わった四大激痛のひとつである。それでも、服薬だけで自然排尿されて治まった。
 これに比べると、ヒポクラテスの医術が依然として信奉され、当然麻酔もなく、外科手術でもアラビアに大きく立ち遅れたいたマレの時代のヨーロッパにおいて、膀胱結石の手術は命がけだったはずだ。私も膀胱内視鏡検査後に高熱が出たが、マレの時代では手術の予後も悪く、落命の危険性が高かったに違いない。

 曲自体は暗から明へと展開する素朴なもので、題名やナレーションがなければ、ヴィオールとクラヴサンによる小品として記録にしか残らなかったかも知れない。また、題名があって現在に残っていても、曲の進行が何を表現しているのかわからないだろう。これは、当時でも同じことだったと思われる。だからこそ、ナレーションを付ける必要性があったわけだ。

 この曲は、手術中と回復を表す部分よりも、それに至る部分の方が巧みに表現されていると思う。手術台に一旦乗るが、怖くなって降りてしまうところから始まり、反省して再び台に乗ると、腕と脚の間に絹糸が巻き付けられるまでのシーンである。この絹糸は、痛さで暴れないようにするためだろうか。昔は縫合に絹糸が使われていたらしいが、ルイ14世の時代に糸で縫合が行われていたのだろうか。いずれにせよ、手術に限らず治療直前に恐怖感が増すのは、今も変わらない患者の心理である。

 マレの膀胱結石手術は成功し、彼は当時としては長寿である72歳の人生を完うした。そして、マレを重用したルイ14世も76歳の長寿を保ったが、この太陽王は歯痛のために全ての歯を麻酔なしで抜かれた上に、顎の骨まで削られた。そのために王は柔らかいものしか食べられなくなり、更にはひどい口臭が周囲の者を悩ませたという。歯痛を標題にした曲があるのかは知らないが、ルイ14世が現代に生きていれば、金に糸目をつけずにインプラントにしただろう。

by Abend5522 | 2012-09-18 22:07 | クラシック音楽


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