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Abendの憂我な部屋

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2012年 09月 15日

秋香を 淡く聞きてぞ 案山子立つ

 昨日が代休だったので、四連休の二日目である。昼間に少し雨があったが、天気図を見るとその後は大丈夫みたいなので外出した。また嵯峨方面だ。

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 遍照寺の北にある冨岡稲荷大明神。稲荷古墳の上に近年建立されたらしい。階段を上がったところに小さな祠がある。

 お稲荷さんから少し北へ行くと一条通に出て、視界に案山子たちの世界が広がる。
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 今年のテーマはオリンピックだ。サッカーボールを持ったキーパー案山子みたいなのもあれば、ドラクエのスライムの案山子もある。遍照寺山をバックにすると、百鬼夜行のようで面白い。夕刻近い風も涼しく、ここにはもう秋の香を淡く聞くことができる。

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 一条通を西へ行くと、交差点に突き当たる。左は嵐山だが、右の清滝道を進む。緩い坂が長く続く清滝道は、戦争さえなければ今でも嵐山~清滝川の愛宕山鉄道と、清滝川~愛宕山のケーブルが通っていたはずである。京バスだけが走るこの道を、人もまばらになった夕方に自転車で行くと寂寥感も一塩である。
 息切れしつつ行くと、これも愛宕山鉄道のトンネルだった清滝隧道。信号は赤だった。京都では有名な心霊スポットであるこの隧道には、信号が青であっても一旦赤から再び青になるのを待って入らないと怪異が起こるという都市伝説がある。無論、そんなことはお構いなしにバスや車は青になれば進み、私も何度もそうして来た。むしろ、愛宕山鉄道の遺構とはいえ、今も一車線通行であることの方がよほど怪異である。
 右側の道を行けば、試(こころみ)峠から清滝側へ抜ける。7月に、自転車で清滝側から上ってここへ下りて来たが、峠の頂きまでは短いながらも激坂で、またそこの上方にはカーブミラーが横向きに取り付けられており、それに姿がどう映ったらどうのこうのという、これまた都市伝説がある。因みに、試峠という名は、愛宕山へ登る際にこの峠で脚力を試したことによるらしい。
 隧道のすぐ傍に、愛宕念佛寺の仁王門がある。ちょうど閉門の時刻だった。千手観音と火除地蔵が祀られている。

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 清滝隧道へは入らず、鳥居本から嵯峨野めぐりの道を通って引き返した。この画像は、鳥居本横の六丁峠
への入口。保津峡へと抜ける峠で、自転車乗りにはよく知られている。峠の頂き近くになると、貧脚の私などは自転車を押して歩かねばならないほどの激坂で、しかも一本道であるために保津峡側へ下りたら最後、再びこの峠を越える以外に戻って来られない。夕方でもあるので、今日はパスして嵯峨野めぐりの道を下る。
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 上の画像は将軍地蔵。「勝軍地蔵」とも書く。鳥居本一帯は葬送地だった化野で、葬送地に置かれる六地蔵信仰と道祖神信仰が習合したものが将軍地蔵である。
 夕方ともなれば、休日であっても中の画像のように、嵯峨野めぐりの道は店も営業を終えてひっそりとしている。昼間ならば、この道はとても自転車では通れないほど観光客で賑わっているのだが。
 下の画像は、嵯峨野めぐりの道を外れた高級住宅街にある瀬戸川での一枚。整備された遊歩道のある小川だが、燈籠やお地蔵さんの向こうにあるテーブルと椅子が何ともミスマッチなのには笑える。

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 嵯峨の釈迦堂(五臺山清涼寺)の前を通る。中の画像はすぐ傍にある安政年間創業の「森嘉」。知る人の多いお豆腐屋さんである。京都のお豆腐では、ここと北野の「藤野」、「とようけや」が有名処だ。
 下の画像は、「森嘉」のすぐ近く、既に載せた清滝道と嵐山の交差点を嵐山方向へ曲がったところにある慶応元年創業の「甘春堂」。そろそろ"白露"や"すすき野"などの9月の上生菓子やお月見だんごが売られるシーズンだが、秋の深まりが待たれる。

 

 

by Abend5522 | 2012-09-15 20:47 | 京都


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