Abendの憂我な部屋

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2012年 03月 12日

◆ ブログ連動企画第8弾 ストコフスキーの『モルダウ』感源録 ◆

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 『我が祖国』のヴルタヴァが、モルダウというドイツ語で親しまれているのは、スメタナにとって悲しいことかも知れない。だが、人々がこの曲を好きなのは名ゆえではなく、ひとえに「川」への愛着と、メインのメロディーにあることを確認したい。





 イスラエル国歌『Hatikva(希望)』と、イタリア民謡『La Mantovana』。『モルダウ』のメイン・メロディーと似ていることがすぐわかる。日本人の心にも触れて来るメロディーだ。おそらく、東欧の古謡に淵源を持つものだろう。

 「川」に目を向けよう。『モルダウ』のストーリーと対応する我が国の名曲は、團 伊玖磨の合唱組曲『筑後川』である。丸山豊の作詞は、「いまうまれたばかりの川 山の光は 小鳥のうぶ毛の匂」で始まる「みなかみ」から、「筑後平野の百万の生活の幸を 祈りながら川は下る 有明の海へ 筑後川筑後川 その終曲 ああ」で終わる「河口」までを歌う。『モルダウ』は、その源から聖ヨハネの急流を経て、エルベ川へ合流するまでを描く。流れは違っても、川が持つ歴史の重みと人々の畏敬の念は同じである。

 ストコフスキー/RCAヴィクターSOの演奏は、場面の繋ぎ方が卓越している。「ゆくかはの流れはたへずして」の音画を見事に描いている。川の流れのメリハリがよく付けられていて、しかも絶えざる流れを確保するような演奏は、ストコフスキーが最も得意とするところではないだろうか。ヴルタヴァ川に対する民族的情念がどのようなものなのかはわからないが、東欧(ポーランド)系であるストコフスキーの、この曲への思いが並々ではないことが感じられる演奏である。

 sawyer様、お次はベートーヴェンの序曲『コリオラン』で如何でしょうか。

by Abend5522 | 2012-03-12 19:27 | クラシック音楽


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