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2012年 03月 06日

◆ ブログ連動企画第4弾 ストコフスキーの『英雄』 随耳録 ◆

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 ジョージ・セルがクリーヴランドOの指揮者になった時、音の悪いセヴェランス・ホールを改修するために、音響アドバイザーをストコフスキーに依頼した。そして、大改修の結果、セヴェランス・ホールは全米屈指の名ホールとなった。この時、ストコフスキーは既に70歳を越えていた。

 sawyer様からお題を承ったLSOとの『英雄』は、演奏時間が47分弱である。しかし、体感時間はもっともっと短い。テンポが速いからではない。驚くべき一貫性が、そう感じさせるのである。

 金管とティンパニーは、ポイント箇所にしか表に出ない。弦と木管が隅々まで明瞭に聴こえる。それが第一楽章に顕著である。15分余が一気呵成に進む。ためらいも淀みもない。

 第二楽章は、葬送行進曲の粘性を求めると見事に肩透かしを食らう。しかし、速く、淡々と進んでいるなと思いきや、後半部は更にテンポを上げて怖ろしいほど戦闘的になる。そして、消え入るが如く長く延ばされた最後の音は何なのか。これへの私の思いは、まだ出来上がっていない。

 第三楽章は、トリオのホルンが一度目と二度目とでは厚みが異なる。二度目は数を増やしているのだろうか。リピートをしないストコフスキーのことなので、リピートを省略出来ないものには、音響効果を加えることによって聴く者を惹きつけるのだろう。これは、音響を熟知していないと効果を上げられない業である。

 終楽章は、第一楽章と同じ一気呵成の進行に戻る。変奏曲という複雑な曲運びにもオケは乱れない。リズムは明瞭な縦割りで、横への揺らぎが無いので、緩みが起きない。第一楽章もそうだが、凡庸な指揮者がやると気の抜けた、平板なものになってしまうだろう。

 アップダウンのある道も、整備されていれば時を感じずに進むことができる。整備とは、指揮や演奏においては強固な構築性のことをいう。ストコフスキーは「音の魔術師」といわれているが、揺るぎの無い、一貫した構築性にもっと注目して然るべきである。コンヴィチュニーが来日した時、「私のベートーヴェンをお聞かせしよう」と語ったということだが、この『英雄』では、ストコフスキーも「これが俺のベートーヴェンだ」といっているように思う。

 sawyer様、お次はヘンデルの『王宮の花火の音楽』など如何でしょうか。

 

by Abend5522 | 2012-03-06 00:01 | クラシック音楽


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